精神病について

2017年3月から6月の覚書 (統合失調感情障害による鬱期から回復までの経過)

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こんにちはこんにちは!カタリナです。

いろいろあって、数ヶ月療養しておりました。

2017年3月はじめから6月10日まで、回復までに4ヶ月もかかってしまいましたが、元気を取り戻したので久しぶりにブログを書きます。

 

精神病との付き合い方

プロフィール?にも書いた気がしますがわたしは統合失調感情障害という病気です。生活に支障が出ているので障害者手帳も取得しましたが、年金はもらっていません。

この、聞きなれない病名は、雑に説明すると統合失調症と双極性障害の併発みたいな感じなんだと思います。(本も出てないし、自分でもちゃんと把握していません)今年の冬、調子が落ちてきたなぁと思っていたらあれよあれよという間に鬱期に突入して、気づいたときには医者や家族に現状を伝えたり助けを求めることすら困難で、寝たきりになっていました。

思い出してみれば昨年の3月にも同じことを経験して、実家で療養していたのですが、またおなじことが繰り返されるとは思っていなかったんですね。なぜなら、調子が良いときは「治ったんだ!」みたいに舞い上がってしまって悪かった時期のことをすっかり忘れてしまうから。

そこで、3月からの生活状況を振り返ってみました。

 

病識のないことを認める

療養していた期間、自分がノートに書いていたことをザーッと見てみると、いくつか気づくことがありました。

まず、病識がない時期があるということ。

これは、統合失調症のひとはそれ自体が病気の特長なので困っちゃうんですが、まさか自分自身がそうだとは思っていませんでした。おかしい時期のことを指摘されても、

「いや、あなたの見方が偏っているのよ」

「あの人達はなにもわかってない」

「医者ですら誤解してる」

と、内心思っていました。

 

他人のノートを見るつもりで4月~6月ごろのノートを読んでみたら、

1.被害妄想が出ていたこと

2.幻聴と幻臭?のようなものを本物の音やにおいだと勘違いしているときがあること

3.希死念慮が強くなっているのにそれをおかしいと自覚できていないこと

主にこの3点に気付くことができました。

「病識」というのは読んで字のごとく、自分が病気であるということを認識している、という意味なのですが、しているつもりでしてない、って怖いっすね。と、自分のことなのに他人事のような感想をもちました。

 

 

対策

ここまで書いたら頭がごちゃごちゃしてきたので

テキトーに書いて終わります。

・調子が悪い時期は休む。とにかく休む。諦める

・回復してきたら好きなこと、ハードルの低いことから手を付ける

・食事、運動、睡眠、の三本柱を立て直す

・記録をつける

・記録を振り返る

・くよくよしない

・環境を整える(整理整頓と片付け)

まあこんな感じでしょうか。

 

経過メモ

この数ヶ月間の経過はざっくりノートにまとめておきました。病気のひとの話をウンウンと聞いてあげているつもりで読んでいたら、大変そうなんだけどところどころユーモラスで笑ってしまうことも書いてありました。

それをメモしておきます。

 

4/14 自室に中華料理のにおいを漂わせるという嫌がらせを受けていると本気で信じて、仕返しに大声で歌い続ける→家族困惑

4/26 架空のフレンド?みたいなものを実体化させようと呪符等を考案。3日後、自分でも何やってるんだろうとバカバカしくなってやめる

5/3 なにもしたくなくなる

5/12 「起きたら寝ない」という目標を立てている。二度寝癖と寝逃げ癖が酷かった為

5/14 突然上機嫌になり、ノートに延々と文章を書く→気づいたら一日じゅうご飯も食べずに熱中→あとで読んでも意味不明

5/15 ヨガや散歩などができるようになりはじめる

5/16 朝起きて、洗濯を干すことができるようになる

5/19 希死念慮がひどくなり、「なんで生きなきゃいけないのか」、と書いている。『自殺のコスト』という本を読んで自殺は迷惑だなぁと思う

5/20 「一日一善、誰かを喜ばせること。それは自分を大切にすることと等しい」と書いた直後に「死にたさここに極まれり」と書いてあり、数時間で気分がコロコロ変わっている。銀河ヒッチハイクガイドというSF小説にハマる

5/20 自殺だとバレない死に方研究を始める。かなり本格的だが本音は「死にたくない」ので実行不可と悟り諦めている

5/22 パキシルの副作用である吐き気に耐えられず薬拒否

5/25 「もうだめぽ」、と一言だけの日記

5/29 自室の照明をおしゃれにして朝起きたらボサノヴァをBGMに、という習慣が復活。ネガティブなことを思いついたら打ち消すのではなく、逆にそれにどっぷり浸ってみようと試みたらスッキリしたと書いている

5/31 「この世のすべてを味わい尽くす」「痛みも苦しみも悲しみも怒りも含めすべて」などと書いている。家族との関係が良好になる

6/1 睡眠薬の不足を盗難に遭っていると誤認。ひとを殺す計画を立てるが数時間後に馬鹿じゃないかと思い、ノートに大きくバッテン

6/3 「家族っていいなあ」と書いた数時間後「家族に対する裏切り感に悩む」 と長文のメモ。そのあと突然妹にプレゼントを送る。(爽快気分・上機嫌と不安・絶望感が一日のうちに何度も入れ替わるので疲れてしまう)

6/10 自宅に戻る。留守にしていた期間に枯らした植物、カビの生えた風呂、乱雑な部屋に気が滅入る

6/11~6/19 カレン・キングストンの掃除本を読んでエイヤッと片付け。調子が上向きに。

6/22 今日。

こうしてブログに書こうと思いつく。あまりにも放置しすぎたのでログインできなかった!あたまがわるくなった!

 

 

今だからわかること

今思えば

なんだか、このリズムって大学生ぐらいからやってる気がします。

3ヶ月単位で調子の波が変わるので、突然行方不明になったり、連絡がつかなくなったり、一人暮らしのアパートの電気ガス水道が止まったまま他県に住み着いてしまったり、そんなことを繰り返していました。

こういうのって早く気づいて治療なり環境を整えるなりしてあげれば生きづらさが軽減するんですよね。だから、家族や友人にこういうひとがいたとして、もし通院していないのなら早めに通院を促してあげたらいいと思います。

(思春期にすでに発症しつつあったのかもしれない、ということが言いたいがうまくかけない)

 

読んでよかった本

絶望名人カフカの人生論

過去にも未来にもとらわれない生き方

自殺のコスト

庭仕事の愉しみ

ガラクタ捨てれば自分が見える

特によかったーと思うのはカフカの名言集みたいな本です。

カフカの言葉は絶望しすぎていて、読んでいて何度も吹き出しました。笑ってしまうほど絶望してる!さすがの自分もここまで絶望してないわ!ワハハ!と、なぜか気持ちが軽くなるんですね。

それから、自殺のコスト。

自殺した場合の後処理など、現実的で事務的なことなどが書いてあるので、あーやめよ。と思います。うつの人はわかるかもしれませんが、落ちているときは死にたいなんて思わないのに、少し回復したときに「あ、死ぬっていう手があった!」って思っちゃうんですよね。

「死ぬのもめんどくさい→死について考える余裕ができる」の時期が一番危ない、みたいな。

そんなときに『自殺のコスト』を片手に計画とか立てているとやっぱやめるか、家族が可哀想すぎるわ、って気が変わる可能性があります。(自分の場合)

 

さいごに

何書いてるんだかよくわからなくなってきましたが、ひしひし感じるのが、年々頭の中がごちゃごちゃになる度合いがひどくなるということ。このことは診断書に書いてあった気がします。今後悪化することはあっても改善や完治はしないだろうと。

それを読んだとき、わたしは「そんなわけないじゃん、治るに決まってるわ!」などと思ったのでした。でも、よく考えたら治らないから障害者手帳出てるわけですよね。だから付き合い方を上手にしていくという方向に考えを変えました。

こうやってキーを叩いていても文章がうまくまとまらないし、これを書き直すとか推敲するのもめんどくさいんですよ。そもそも前にどうやってたか思い出せないのですね。

まーそれでも生きてるし、割りと元気なので良しとします。

植物の世話もできるようになり、Fitbitも新しいものを購入したので外歩いてきます!

 

んじゃまた!

 


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