禁酒禁煙

「やってらんないわ」を「やっていける」に変えるために1

投稿日:2017年1月21日 更新日:


「やってらんないわ」を「やっていける」に変えるために1 – なんかのたまご 2012/03/25 Sun. 03:26 からの引っ越し記事です

最強の行動力アップ術3日目 – なんかのたまごに書いたとおり、美人になる方法音声プログラムの第二回目配信のテーマの課題については2つの問題点に取り組むことに決めました。

今月の取り組みは「お酒」「タバコ」について、問題点を解決する(糸口をつかむ)こと。「押入れ」「本」の処分と整理整頓。この2つに集約されました。

このひとつめである「お酒」「タバコ」についての問題を解決する糸口ですが、それをつかむためにまず、自分がいままでどのようなお酒の飲み方をして、どのぐらいの期間タバコを吸ってきたのかを書き出してみました。

そしてハードル下げと細分化。でも、糸口をつかむと言ってもどうしたらいいのかまだわかりません。

書き出しノート
でもこれ以上は!!と、焦ってしまっています

お酒は二十歳から、ビール、が好きでとにかく「喉が潤う」という快感を得るために、ダンスの練習の後や、スポーツクラブで長時間汗を流したあとサウナでさんざん我慢に我慢を重ねて、その後一滴も水を飲まずに居酒屋になだれ込んで「とりあえずビール!」と注文してキンキンに冷えたビールをプハー!!っとやるのが大好きでした。

これって今の年齢でやったら下手したらぶっ倒れて死んでしまいますね。しかも、汗を流して脱水状態になっているところにお水を飲まないでお酒を入れてしまったらさらに体の中の水分は奪われます。

今でこそ、そういう知識はありますが当時はなにも知らなかったので、その後ウイスキー、ウォッカなどを飲むようにもなり、家には常にジャックダニエルが置いてあったり、お財布の中身が寂しいときはズブロッカで安上がりに酔っ払おうと瓶を抱えてずっとゲームをしたり本を読んだりしていました。

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どの場面を思い出してもタバコとお酒がセットになっています

その後夫と知り合ってからも食事にはお酒とタバコがセットで昼間でも飲んでしまうというのが習慣化していて、当時はそれをおかしいことだと思っていませんでした。そして家で飲むことも止めるひとがいないので、好き放題に飲みまくり吸いまくり、という年月を続けて、27歳頃に一旦その生活は終わりました。

実家で休養していた間も、家族が買ってきた発泡酒などをどんどん飲んでしまって、父が「一本のもうかな」と冷蔵庫をあけたときにはもう500ミリリットルの缶が3本も4本もわたしのパソコン机の下に落ちている、みたいな状態で、本当に申し訳ないことをしました。

タバコに関しても同様で、勤め始めたお店でなんとなく吸い始めてなんとなく吸うのが当たり前になって、そこから34歳になるまではずっと一日一箱ペースで吸っていたのだと思います。

わたしがタバコに嫌気がさして「もうこんなのやめる!」と思ったのは、生まれてから一度もタバコを嗜んだことのない妹の姿をなんとなく眺めていたときでした。

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妹はタバコが必要ないのになんでわたしはこんなイライラしているのだ!?

わたしはタバコを切らしてコンビニに出かけたいのだけどお風呂に入っていなくて、気力もなくて、薬で眠くて怠くてイライラしていました。でも、のほほんとした性格の妹は楽しそうにお茶かココアのようなものをカップからゆっくり飲んで「ほー」っとくつろいでいるのです。

わたしは当時60キロ近くあって、着られる洋服が減ってきたことにもイライラを感じていたので、フラメンコのレッスンを欠かさずにスリムな体型を保っている妹にも羨ましさを感じていました。そんなことも重なって、ふと思いついたのが我流自己暗示法みたいな禁煙法です。

やり方はこうです。

1.自分は生まれた時からタバコを一回も吸ったことがないと思い込む。
2.身近なモデルになる誰かの姿を頭に描いて、その人になったつもりになる。

これだけでした。

わたしの場合は妹が毎日同じ屋根の下にいたので、妹の姿を観察して、一時的に完全に妹になりきったつもりで行動してみました。イメージとしては不具合の出たアプリケーションの上書きインストールです。

これが意外に効果があって、わたしはこの時スパっとやめてから昨年まで、ずっとタバコのことを忘れて暮らしていました。愛煙家の方を見かけても特になにも思わず、自分は生まれてこのかたタバコというものを知らないのだ、という思い込みが続いていたのです。

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どこへ出かけるときもポケットにはカギと小銭入れだけで身軽な日々

だから、夫との同居生活に戻った時、夫がわたしに気を使ってトイレの中でしかタバコを吸わないようにしている時期も「あらそうなの」と思っただけでした。臭いとは思ったけど、吸いたい人は吸いたいのだから我慢するしかないか、というスタンスでした。ときには灰皿が溢れそうになったら捨ててあげて「ありがとう」などと言われて「いやいや、これがわたしの仕事だし」みたいなことを言っていました。

でも、去年の2月ごろかそこらに、工場勤めの辛さが爆発しそうになって給料未払いについて悩んだ時期に、ふと、トイレに置きっぱなしになっていた夫のタバコに手が伸びました。

「これを一本でも吸ってしまったら……だめだ」「第一髪の毛に臭いがついて不快なのはわかりきっているじゃないか」「でも、多分何年も吸ってないから不味くてすぐやめるかも」

何分か葛藤した後、ついに火をつけて換気扇のしたで立って吸いました。

すると、手の指先や首筋、頭皮にしびれる感覚があって、少しクラクラして、ああ懐かしい感覚だなあと思いました。味は最悪で、口の中に変な味のする膜が張った感じがずっと残ったので何度も何度も歯磨きをしてリステリンでしつこく口を濯ぎました。

その後禁煙治療を始めるまで、徐々に本数が増えて、2011年の半分の時期をタバコと共に過ごしました。

他人と約束があって一日外出する日は一本も吸わずに過ごすことができていましたが、それでも自宅最寄り駅に着いたとたんに「なんか疲れたわー!のまなきゃやってらんないわ」という気持ちとともにタバコへの欲求が思い出されて、近所の立ち飲み屋や焼き鳥屋に一人で入ってビールを頼み、とりあえずタバコをバカスカ吸ってハーと一息つく、ということが何度かありました。

その後11月に思い立って主治医に禁煙治療の相談をしました。わたしが自分からタバコの問題に取り組みたいと言い出した様子を見て、先生は「あまり気負わず、無理をしないように」とおっしゃいました。その頃は今よりも薬の量が多かったので、5ミリグラムから2ミリグラムに変えてください、と申し出たばかりだったので、先生の目からはわたしが焦っているように見えたのでしょう。

ともかく誓約書にサインして、12週にわたる禁煙治療が始まりました。

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ニコチン依存症である、と認め、その治療に取り組む宣言をします

その間、通院のたびに呼気に含まれる一酸化炭素の測定があるので、タバコを吸うことはありませんでした。夫からついついもらいタバコをしてしまった日は正直に1本吸ったと書きました。

最終的に、治療は成功したということになり、先生は「良かったね」と言いながらニコニコしていたのですが、その後、自宅で夫のタバコの箱が視界に入っている間葛藤しつづけました。そして「まあ一本吸って落ち着けよ」などと声をかけられると「あーもうしょうがないか」と、ついつい誘いに乗って一緒に換気扇の前で一本もらってしまうという具合に、少しずつ喫煙習慣が戻ってしまったのがここ最近のことです。

そして今は、完全に喫煙者に戻ってしまっています。

長くなったので、記事を分けます。


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